どうもどうも、大志ですm(_ _)m
いきなりですが、ほどよくジブリ作品好きなワタクシ・・・ここ一ヶ月ほどテレビCMで目にしていた、
「鈴木敏夫とジブリ展」
が気になりすぎて、先日岩手県民会館へ行ってきました。
この「鈴木敏夫とジブリ展」というイベントですが、そのイベント名通り
鈴木敏夫さん
にフォーカスを当てた展示が行われていまして。
三鷹の森ジブリ美術館のように、ジブリ作品の世界観に入り込むというよりは、
鈴木敏夫さん視点で、これまでのジブリ作品はどのように生まれてきたのか
ということが分かる内容になっていました(・∀・)
本気のジブリファンならば、もしかしたら知っていることも多いのかもしれませんが。
自分みたいにほどよくジブリ作品を楽しんでいる方は、
こんなこともやっているんだ?!
という発見の連続・・・なので、少しでもジブリに興味がある方は、「裏側」も見ることができて楽しめると思います(・∀・)
岩手県民会館で開催されている「鈴木敏夫とジブリ展」は2023年5月24日まで。
細かく書くとネタバレになってしまうので(というより内容が濃すぎて書けないので笑)、ここでは触り部分をご紹介!
(ちなみに、写真は撮影OKのところだけ撮影しています。)
スタジオジブリの「鈴木敏夫」さんとは?映画や漫画好きの少年だったらしいよ
さてさて、
スタジオジブリ
というと最近、宮崎駿監督が引退撤回して制作している
君たちはどう生きるか
を2023年に公開する予定となっていますが。
そんな宮崎駿監督や、亡くなられた高畑勲さん達と共にスタジオジブリを牽引してきたのが、
鈴木敏夫さん
という方ですね(・∀・)
魔女の宅急便以降、ほぼすべてのジブリ作品にてプロデューサーを務め、最近はまたスタジオジブリの社長を務めることとなりましたが。
この方がいなければ、今の今までヒット作が生まれるどころか、
スタジオジブリが潰れていた
可能性があったというほど、スタジオジブリに貢献している方だったりします。
そんな鈴木敏夫さんですが、物心をついたときから、
映画を見ていた
そうですね。
鈴木敏夫さんの父母が映画好きだったそうで、それについていったことが始まりみたいですが。
ただ、父親は「日本映画」、母親は「洋画」と、お互いの映画の否定をするくらい好みが真逆だったらしく(笑)
そんな親御さんたちについていっていた少年時代の鈴木敏夫さんは、和洋両方の良し悪しを知ることができたそうですね。
どんな映画を見ていたのかについては、「鈴木敏夫とジブリ展」で細かく紹介されているので、ここでは書きませんが。
1つ、鈴木敏夫さんの「生き方」に影響を与え、「映画を作ってみたい!」と思った作品は、
ポリアンナ
というディズニー映画だそうです・・・その時中学2年生。
もし興味がある方は、ご覧になってみては?
また、小学生時代は
漫画
も結構読んでいたそうで、住んでいた家の2階が父親が経営していた仕事場だったらしく。
その2階の仕事場の片隅が、鈴木敏夫さんの部屋だったそうですね。
部屋の広さは4畳半・・・そこにマンガ本がめちゃくちゃ積んであったとのことですが、それを再現した部屋も「鈴木敏夫とジブリ展」に展示されています( ・`ω・´)
鈴木敏夫少年はどんな雰囲気の部屋で、どんな漫画本を読んでいたのかも、知ることができますな!
宮崎駿さんに会う前は「雑誌編集者」。その後「アニメージュ」を担当することで今後の人生が決まる?
映画好きで、映画作りがしたいと思っていた鈴木敏夫さんだったのですが、それまでに色々あって、大学を卒業した後は
徳間書店さん
に入社・・・その徳間書店さんにて
雑誌編集者
の仕事をしていたそうですな。
例えば、現在も発売されている「週刊アサヒ芸能」という雑誌なども、鈴木敏夫さんは担当されていたそうです。
初めは「映画を作りたい」と思っていたわけですが、雑誌編集者になってからは「リアルな出来事」を追いかけることになるわけで。
それはそれで面白いと感じてガンガン仕事をこなしていたみたいですが・・・その後も色々あって
児童少年編集部
へ異動することに・・・せっかく勢いにノッていた中での異動だったので、こちらも初めはやる気がでなかったみたいです(笑)
ただ、その児童少年編集部に異動後生まれたのが、現在もまだ発売されている
アニメージュ
というアニメ雑誌でして、その担当になってから鈴木敏夫さんの状況が変わってきます。
アニメージュが生まれる前にもアニメ雑誌はあったそうですが、基本的には「アニメを紹介する雑誌」なんですよね・・・当たり前ですが。
もちろん、アニメージュも「アニメを紹介」しているのですが、その紹介の仕方が当時は斬新だったらしく、例えば
・コマ割りでのアニメ映像の紹介
・アニメ制作者の紹介、コメント
・声優の紹介、コメント
などを初めて行ったのが、鈴木敏夫さんが担当していた時代のアニメージュだそうですね。
こういう、「アニメ制作の裏話」なども見ることができたことから、アニメージュは爆発的に売れたそうですな( ・`ω・´)
また、アニメージュ前のアニメ雑誌は、
人気アニメがないと、雑誌のコンテンツもできない
という感じだったみたいですが。
アニメージュはというと、当時はあまり人気のなかった
機動戦士ガンダム
を掘り下げて紹介したそうですね。
もちろん、初めは「機動戦士ガンダム」というアニメ自体の人気がなかったので、徳間書店さんの上の方たちが渋ったようですが(;^ω^)
ただ、設定や制作現場などの細かい情報がアニメージュにまとめられていたことで、
アニメージュから機動戦士ガンダムを見る
という人たちが増えたそうで、それにより機動戦士ガンダムが人気になっていったそうですね。
という感じで、認知度の低かった作品や作家さんなども取り上げていたアニメージュですけれども、その流れで取材する事になったのが、
宮崎駿監督
ということで、鈴木敏夫さんと宮崎駿監督が出会うことになります( ・`ω・´)
宮崎駿さんたちに出会い、スタジオジブリ前の作品から携わるように
さて、ドキュメンタリー映像などを見ていると、結構癖の強そうな宮崎駿監督なわけですが。
鈴木敏夫さんが取材の交渉をしにいった際も、かなり難航したそうです。
ただ、折れずに宮崎駿監督のもとに通い続けた鈴木敏夫さんに惹かれ、結果取材を受けることになるわけですが。
このとき、宮崎駿監督と鈴木敏夫さんが相容れなかったら、
風の谷のナウシカ
といった名作映画自体が生まれることがなかった可能性があるそうですね( ・`ω・´)
宮崎駿監督はその前に、ルパン三世やアルプスの少女ハイジなどの作品を手掛けていたのですが。
ここらへんの時期にはすでに、オリジナル企画として「風の谷のナウシカ」や「となりのトトロ」、「もののけ姫」などの構想をしていたそうですね。
ただ、どれもアニメ化などの実現をしていなかったのですが、宮崎駿監督に惚れ込んでいた鈴木敏夫さんが、
風の谷のナウシカを映画化したい
と徳間書店さんに話を持ち込んだらしいですな・・・でも
原作がない作品の映画化なんて無理!
と押し返されたことから、じゃあ先に原作を作ろうと宮崎駿監督に話を持ちかけて
アニメージュにて漫画版「風の谷のナウシカ」が連載
することになったそうです。
自分も漫画版を持っているのですが。
こんな感じで、鈴木敏夫さんが動いてくれなかったら、スタジオジブリどころか「風の谷のナウシカ」の映画なども生まれなかったわけですな。
ちなみに、映画版「風の谷のナウシカ」でプロデューサーを務めたのが、アニメ演出家である
高畑勲さん
ですな(・∀・)
潰れかけのスタジオジブリへ移籍・・・そして「魔女の宅急便」からプロデューサーに
ということで、公開されることになった「風の谷のナウシカ」は大ヒット。
それにより、結構なお金を手に入れることができた宮崎駿監督と高畑勲さんは、その後
高畑勲さんが監督する映画実写を作る
ということで動き出します。
ただ、それが上手く行かず・・・結果、公開される前に全ての資金を使い果たしたそうですね(;´∀`)
はてさて、お金がなくなって困ってしまった宮崎駿監督。
どうしようかと考えた際に相談したのが、そのときまだ徳間書店さんにいた鈴木敏夫さんだったそうですな。
そんな鈴木敏夫さんからは
アニメ映画を作って収入を得る
という話をもらい、そこで制作がスタートしたのが、
「天空の城ラピュタ」
だったそうです。
ちなみに、このときもプロデューサーはまだ高畑勲さんで、鈴木敏夫さんは徳間書店さんと兼業という形だったそうですね。
さて、「天空の城ラピュタ」を制作するために動こうとしたわけですが、
制作スタッフがいない
という状況・・・なので宮崎駿監督と鈴木敏夫さんがスタッフを集めに行こうとしたのですが、そのときに高畑勲さんの口から出てきたのが、
いっそ、スタジオを作らない?
という言葉だったそうですね(・∀・)
ということで生まれのが、
スタジオジブリ
だそうですな!
まあ、その前に試行錯誤してからの「スタジオジブリ」なのですけれども、それも「鈴木敏夫とジブリ展」で詳しく紹介されています。
そんなスタジオジブリの誕生後はというと、色々あって「天空の城ラピュタ」が公開され。
その後も四苦八苦して「となりのトトロ」や「火垂るの墓」などが生まれたわけですが。
今こそ毎年のように金曜ロードショーでも放送される名作たちなのですが、当時はそこまで興行収入を得られたわけではなく。
実は、
スタジオジブリ存続の危機
になっていたそうですね(;´∀`)
そこでまた白羽の矢が立ったのが、鈴木敏夫さん・・・このときまだ徳間書店さんにいた鈴木敏夫さんですが、完全に
スタジオジブリに移籍
することとなります。
ここからスタジオジブリの快進撃が始まりまして、当時はスタジオジブリの最後の作品だと言われていた
「魔女の宅急便」
のプロデューサーを鈴木敏夫さんが務めることに。
このとき「日本テレビ」と提携するなど、とにかく鈴木敏夫さんが動きまくって宣伝などが行われたことで「魔女の宅急便」は大ヒット。
その後も、色んなジブリ作品が公開されたわけですが、テレビ放映やグッズ展開なども積極的に行っていき。
その結果、現在の
「スタジオジブリ」というブランド
が確立することになったそうですな( ・`ω・´)
今は当たり前に見ているジブリ作品ですけれども、
実は生まれていなかった可能性もある
といった裏話を知ることができただけでも、「鈴木敏夫とジブリ展」に行って良かったなと思いました。
鈴木敏夫さんは管理だけではなく、ジブリ作品の「題字」なども担当しているって知っていた?
ちなみに、スタジオジブリに移籍したあとの鈴木敏夫さんですが、現在は社長となりましたけれども。
魔女の宅急便から今の今まで
プロデューサー
として動かれていた方でしたな。
プロデューサーと聞くと、上に立って偉そうにしているイメージが湧くと思いますが(笑)
鈴木敏夫さんの場合は、企画から始まり、予算の管理、スポンサーや演者との交渉、スケジュール、進捗管理、宣伝・・・などなどなど。
とにかく
何でもやる必要がある立場
だったそうですね・・・文面で見ていても胃に穴があきそう(;´∀`)
ただ、実はそういった管理部分だけではなく、CMや予告映像の制作のほか、キャッチコピーや
題字
なども考えていた方ということを、皆さんは知っていますかね?
まあ、キャッチコピーに関しては最終的に、糸井重里さんのキャッチコピーが使われることが多かったのですが。
題字に関しては、
鈴木敏夫さんの手書き
がほぼそのまま使われていたりするんですよね( ・`ω・´)
鈴木敏夫さんというと書道家としての一面も持っておりまして、ときには可愛らしく、ときには力強くと色んな書き方をされるお方。
そのひとつひとつが「作品」として展示されることが多いのですけれども、ジブリ映画の題字にもそれが活かされているわけですな。
このほかにも、
実は鈴木敏夫さんが行っていた
というものは沢山ありまして、そういった部分にも触れることができるのも「鈴木敏夫とジブリ展」の面白さだったなと思いました。
岩手県民会館の「鈴木敏夫とジブリ展」は5月24日まで開催。展示物はもちろんグッズなども楽しめる
とまあ、ここまで色々と語ってきましたが・・・これらの話をより詳しく、そして当時の資料も含めて展示していたのが、
「鈴木敏夫とジブリ展」
でした( ・`ω・´)
鈴木敏夫さんをメインとした展示なので、純粋にジブリ作品を楽しみたいと思っていた方は、もしかしたら「???」となるのかもしれませんが(笑)
ただ、そのジブリ作品の華やかな部分だけではなく、生まれるためのドロドロした裏側なども知ることができるので。
今後のジブリ作品を見るときに、また違った気持ちで楽しめるようになるのかなと思いました。
また、真面目な展示物だけではなく、例えばこんな感じに湯婆婆、銭婆の大きな顔がありまして。
この口に手を入れて紐を引っ張れば、
おみくじ
を楽しむことができます。
こんな感じに、写真撮影OKや体験ブースもチラホラと用意されているので、お子さん連れでも問題なく行きやすいのかなと!
そして、気になる方も多いであろう
グッズ
ももちろん販売されていまして、岩手県民会館のグッズ売り場は、
不思議な町
に繋がっていそうな通路を通って行くことができます( ´ ▽ ` )
この「鈴木敏夫とジブリ展」のグッズ売り場では、三鷹の森ジブリ美術館でも販売されているグッズも用意されているのですが。
「鈴木敏夫とジブリ展」に来た人だけの限定グッズも販売されていまして、
ここでしか手に入らない
ものも沢山あったりします。
おそらくネット販売もされていないため、グッズも集めているファンの方は、直接足を運んで手に入れる必要があるのかなと。
ちなみに自分はこれらを購入しました( ・`ω・´)
ということで、ジブリに関する知見を広げられるほか、体験ブースやグッズ販売なども楽しめた「鈴木敏夫とジブリ展」。
2023年5月24日まで岩手県民会館で開催されていますので、興味がある方はぜひ行ってみてはいかがでしょうか!
あとがき
ということで今回のお話のまとめ。
・岩手県民会館で開催されている「鈴木敏夫とジブリ展」へ行ってきたよ
・鈴木敏夫さんが社会人になる前に見ていた映画や漫画などが展示されていたよ
・鈴木敏夫さんがスタジオジブリに入る前の仕事内容も紹介されていたよ
・スタジオジブリに入った後の活躍や仕事の状況も事細かに紹介されていたよ
・ジブリ作品の裏側を見ることができて楽しめたよ
・他にも体験ブースやグッズ販売なども行われていたよ
子どもの頃はイマイチ意味も分からず、アニメとして素直に見ていたジブリ作品ですが。
歳をとってから改めて見ると、「このシーンはこんな意図があるんだろうな」とか、「このシーンはどれだけ手間がかかっているんだろうな?」とか考えながら見ちゃうんですよね(;^ω^)
まあ、それも一つの楽しみ方なのかなと今は思ってはいますが、今回の行ってきた「鈴木敏夫とジブリ展」は、
大人になるほど楽しめる
ようなイベントなのかなと感じました。
もちろん、子どもも楽しめる展示物はあるのですけれども、鈴木敏夫さんの歴史やジブリの歴史などが結構まとめられているので。
そういった資料や考え方、動き方などが好きな方は、かなり楽しめるイベントだと思いました(・∀・)
GW中や土日のチケットは完売している日が多いので、行きたいと思っていた方は平日になんとか時間を作ることを考えたほうがいいかもです。